2009年 05月 31日 ( 1 )
ラジオ世代
今日は毎年恒例の山中湖ロードレース
新型インフルエンザの影響で開催が危ぶまれたが、どうにか無事開催された
山中湖一周(13.6km)とハーフマラソン(21.0975km)の2つのコースがあり、
毎年数万人規模のレースとなる
c0193532_13104182.jpg

大会記録はハーフマラソンで1:11:00 山中湖1周で 0:44:19
しかし大半のランナーは記録より『楽しむ』事を目的としていて、ほのぼのとした大会だ。
小雨のちらつくあいにくの空模様ではあったが、笑顔で声援に答えるランナーが多かった。

話は変わって『ラジオ』

1970~80年代に多感な青春を過ごした私は他聞にもれず『ラジオ世代』だ
毎晩9:00から自室にこもり、勉強をしながらラジオを聴いていた
いや、「ラジオを聴きながら勉強しているフリをしていた」と言うのが本当かもしれない

TBSラジオ954  『いっけい&よしお の夜は友達』 に始まる毎日の日課
様々なコーナーがあったが、一番印象に残っているのは『スネークマンショー』
小林克也の軽快なEnglishTalkとナンセンスギャグ
今でもたまにCDで聴いては車の中でバカ笑いをしている
「サキサカとモモナイの、今夜はごちそうさま~」

ひとしきり笑った後、深夜0時になると
『JAL JetStream』
フランクプールセルや101ストリングス、レーモンルフェーブルオーケストラなどなど
海外旅行など夢のまた夢とされていた時代に、音楽とナレーションで世界旅行の雰囲気を楽しんだ
城達也さんの声がミスターロンリーのメロディーに乗って流れ出すと
瞬時に心は上空1万メートルへ舞い上がったものだ



当時、番組内で紹介されていたJALパックの海外旅行は今よりも遥かに高額で
「ロンドン10日間¥85万9千円です・・・」とか言うのを聴いてはため息をついていた
時は流れ、私が高校を卒業するころには、格安航空券を販売する小さな会社が出来始め
何も考えず無我夢中で航空券を買うためにバイトをし
周りの心配をよそにアメリカ横断一人旅に飛び出した
今から22年前の事である
今でこそ押しも押されぬHISなどはその頃産声を上げた会社だ

無鉄砲な海外旅行はその後
欧州にまで足を伸ばし、結婚する2年前まで続いた
カセットテープにJetStreamを録音(エアチェック)し、番組のエンディングテーマ「夢幻飛行」を聞きながら
夜のフランクフルトへ着陸した時の事、隣に座っていたドイツ人の顔まではっきり覚えている

しかし、ある大きな事件をきっかけに、JetStreamの呪縛から解かれた
その事件とは、あの9.11同時多発テロ
あの時私はマンハッタンに居た
「なにがあっても帰れる!大丈夫!大丈夫!」って、いつも思って旅をしていたが
あの時ばかりは、幼い頃からの思い出や両親の顔、まだ恋人だった家内の笑顔などが走馬灯のようにグルグルまわった

煙を上げるツインタワーを遠くに見ながらAmTrackでマサチューセッツ州のBostonへ
長い列に並んで3日後にやっと電話が繋がり生きている事を知らせた
予定の2週間後、日本人専用のANAチャーター機に乗り込んだ時
生まれてから一番深いため息をついた事を鮮明に覚えている

あれから約8年が過ぎ、やっとトラウマも解消され
JetStreamの呪縛が戻ってくるような予感がする・・・

往復のチケットだけを持って、13カ国目のどこかの国へ・・・。
60過ぎるまでは無理だろうなぁ・・・



ラジオという奴はテレビとは一味も二味も違う
聴いている者それぞれが自分の想像の世界の中で様々な夢を膨らませる事ができる
優等生でもない、どこにでも居る若者を世界へ飛び出させてくれたラジオ
そんなラジオがいつまでも無くなる事のないように・・・
[PR]
by a6m2_jpn | 2009-05-31 14:07 | 昭和の事