カテゴリ:暮らし( 25 )
山梨県建築文化賞を頂きました。
江戸後期の古民家で忍者が出てきそうな雰囲気だった母の実家。 
一年半かけてリフォームが終わりました。
山梨県建築文化賞
良好なまちなみ景観を形成している建築物等の部門にて
『大月の家』として奨励賞を頂きました!

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1000年以上前から山梨に住み、代々林業を営んできた当家。
子供の頃、内蔵の中に潜り込んでは 骨董や古文書をオモチャ代わりにして怒られました。(笑)
昔の職人による建具や欄間などはそのまま生かし、間取りも人寄せに使う座敷は昔のまま。
設計士さん入魂の住居スペースは10人掛けの掘りごたつを中心に使いやすく設計されていました。





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関東大震災・東日本大震災と、2度の大揺れにもビクともしなかった梁。
設計士さんの強い希望で3階部分まで吹き抜けになりました。
でも暖炉のお蔭で意外と暖かいです。

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来客用の座敷は板張りに。
大きな囲炉裏も新設しました。

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母屋の奥座敷は内蔵(うちぐら)の入り口になっています。
蔵の中は携帯のカメラでは光量不足で全く撮れませんでした・・・。(涙)
昔からの家財道具や古文書・刀剣類などがビッシリ詰まっています。

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以前は線香の煙に燻されて、鈍く光っていた仏壇も金箔を張り替えて江戸時代の輝きを取り戻しました。

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以前は怖がっていた息子も「きれいだね~っ!」って、この笑顔。

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玄関の大黒柱は周囲約2.5m。
受賞に際し訪れた調査員の話では、建物の建つ場所の裏山から切り出された木材によって建てられた物なので、今後1000年以上大屋根を支えて行くだろうとの事。
養蚕を営んでいた時代には、女中さん達が毎朝 蚕の繭を煮た汁で柱や廊下を磨いていました。

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昭和初期までは養蚕が盛んでした。
この建物は4階建てで、2階から上では蚕が飼われていました。
母屋横には製糸工場もありました。
このランプシェードは当時使われていた糸車にステンドグラスをはめ込んで作ってもらいました。

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山梨県建築文化賞
立派な家を建ててくれたご先祖様に深く感謝です・・・。
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by a6m2_jpn | 2012-12-30 10:38 | 暮らし
書店で見かけたら
今年になって毎号 私のコラムと写真を掲載して頂いている 雑誌【昭和40年男
書店では即日完売、Amazonでも売上ランキング上位キープっ!
7月号もお楽しみに!!

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by a6m2_jpn | 2012-06-08 01:15 | 暮らし
雪の日は
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朝からずっと雪が降っている。
夜になり少し小止みになってはいるが、予報では明日の夕方まで雪だ。
こんな日は家の中で色々と遊んでみる。
お客様にもお出ししよう思ってパンを焼いた
くるみパン
パンを焼き始めて1年くらいになるが、やっとパンらしくなってきた。
焼きたては本当に美味い。
42個焼いたのだが、夕食の時間になる前に半分くらい無くなっていた…。
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by a6m2_jpn | 2011-02-11 21:50 | 暮らし
収穫の秋 家族で芋掘り!
午後おそくなって雨の予報
今日は子供達が楽しみにしていた芋掘り
急いで午前中の仕事を片付けて、お昼前には家内の実家へ。
義父母が丹精込めた畑でサトイモを掘った。

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Nikon D700 / AF NIKKOR 50mm1:1.4

「今日は思いっきり泥んこになっていいぞっ!」
お砂場着を着せた子供たちは水を得た魚のように大はしゃぎ。
サトイモの葉は子供たちの背丈を優に超えている。
ひとしきり収穫を手伝ったあと、畑や用水路、山の斜面を飛び回っていた。

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Nikon D700 / AF NIKKOR 50mm1:1.4

夏の日差しを存分に浴びて育った大きなサトイモは、衣被で食べるのが一番。

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Nikon D700 / AF NIKKOR 50mm1:1.4

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Nikon D700 / AF NIKKOR 50mm1:1.4

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Nikon D700 / AF NIKKOR 50mm1:1.4

ホウレンソウ・ハダイコン・シュンギク 今日の収穫を使ってけんちん汁
おむすびと一緒に頂いた。
なんと贅沢な昼飯だろう…。
本当に美味かった。

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Nikon D700 / TAMRON AF28-300mm F3.5-6.3 XR Di VC LD Aspherical IF MACRO


畑の脇には秋の花
コスモスはどこにでも咲いているが、この時期とりわけて美しい花だと思う。

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Nikon D700 / AF NIKKOR 50mm1:1.4

シュウメイギク(秋明菊)はそろそろ時期を外れるが、黄色と白そしてバックグラウンドの緑がとても鮮やかだった。

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Nikon D700 / AF NIKKOR 50mm1:1.4

リンドウを見るとなんだかホッとする。
そして何故か祖母を思い出す。
特にこの花にまつわる思い出があるわけではないが、何故か思い出す。


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Nikon D700 / TAMRON AF28-300mm F3.5-6.3 XR Di VC LD Aspherical IF MACRO


秋風に揺れる花
今日の雨がやんだら一気に秋が深まりそうだ。
今週末は今一つだった紅葉も見ごろを迎えるだろう。





 
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by a6m2_jpn | 2010-10-24 23:56 | 暮らし
今日はひな祭り
女の子の居ない我が家に雛人形はないが、夕食はちらし寿司
春が近い事を感じながら 家族で食卓を囲んだ

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私の住む富士山麓山中湖畔は標高約1000mにある
聞くところによると、気圧が少し低くて母体の羊水の水圧に近いのだそうだ
都会から訪れる方々が口々に安眠できると言うのも納得がいく

二晩続けて同じ人の夢を見た
とても懐かしくて心地よく、少しセンチメンタルな気分で目覚めた
夢にも色んなパターンがあるが、色彩や感触まで残る鮮明な夢だった
夢と現実の狭間、寝ぼけ眼でメールをするとすぐに返事をくれた
なんだかすごく嬉しくて、気分のいい1日を過ごす事ができた

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夢は自分の記憶を整理する為の脳の活動だって、どこかで読んだ事がある
夢に出て来る人は、決して忘れてはいけない大切な人なんだろうなって思う

世の中暗いニュースばかりだから、小さな暖かい出来事に心が安らぐ。
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by a6m2_jpn | 2010-03-03 19:43 | 暮らし
富士急ハイランドで休日。 スケートと絶叫マシンと回転木馬。
まずまずのお天気、暖かい日曜日だった。
昼過ぎに4歳の長男が「とぉちゃん!スケートした~いっ!」と叫んだ。
近くのFUJI-Qへ行く事になった。
息子は初体験、私にあっては20数年ぶりのアイススケートとなった。

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エントランスからリンクまで、絶叫マシンから聞こえてくる歓声に気を取られる息子
その顔つきから『なんだか、スケートよりこっちのが面白そうだな…』って思ってるのは明白。
しかし、大勢のスケーターで賑わうリンクを見てテンションアップ!
貸靴を借りてリンクへ!

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私が子供の頃には見た事もない安定性重視の子供用スケート靴
これには驚いたと同時に感心した。
ス~イス~~~イとは滑れないが、くるぶしの弱い子供には安全で快適な靴だ。
何度も何度も転びながらも、フィギアスケートに興じるお姉ちゃんやホッケーの靴をはいた男の子達の滑りを見て
『僕だって滑れるようになるぞぉ!』
2時間程熱中していた。
泣き虫で根性無しと思っていた息子が、ちょっと逞しくなったような気がして嬉しかった。

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しかし、やっぱり4歳児。
トーマスランドが気になってしかたなく…。
リンクで見せていた真剣な眼差しが嘘のように無邪気に飛び回っていた。

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まるでジェット機が飛んでいるような音で駆け抜けるドドンパ。
「ねぇ、僕もあれ乗りたい」
しかし、身長106㎝の息子にはまだ早く、言って聞かせるのに一苦労だった。
私に似たのか、やっぱり『スピード』には惹かれるようで、先が思いやられる…。

まだ幼い息子には回転木馬に乗って満面の笑みを浮かべて欲しいと思うのだ。
しかし、思い起こして見ると、幼い頃に回転木馬に乗りたいとは一度も思った事がない。
スピードの出る大人用のゴーカートや激しくぶつかり合うダッゼムカー…。そんな物にばかり目が行ったものだ。


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大人になってから見る回転木馬は夢に溢れ、
頭の中では、女房子供が楽しそうに乗っている姿をスローモーションで描いている。
そんな妄想に浸る私を尻目に、息子はコーヒーカップに乗り物凄い高速回転で女房を酔わせていた…。 (笑)


楽しい日曜だった。
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by a6m2_jpn | 2010-01-31 20:54 | 暮らし
【 織 機 】 激動の昭和を生き抜いた原動力
昨日まで2回にわたって富士吉田市の旧歓楽街をご紹介したが
今回は富士吉田の繁栄を築いた織物産業の原動力、『織機』をご紹介したい。

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義母が長年使い続けてきた織機。
つい数年前までネクタイ地の生産に稼働していた思い出深い機械だ。
富士吉田の織物の特徴の一つに、非常に目の細かい生地を織る事があげられる。
上方からカーテンのように垂れ下がっている物は縦糸を制御するステー。
後ろ側、7つに束ねられた糸が縦糸だ。その細さと数は画像を見るだけでおわかり頂けると思う。
これを1本1本手で機械に通してから織機を動かす。気が遠くなるような作業だ。
その縦糸を上下にずらしながら横糸を通して行く。
その制御は今でこそコンピュータ制御になっているが、この機械では厚紙に穴を空けた「もんがみ」と言われる簾状の物を用いるアナログ式。
ガチャラコン ガチャラコン とリズミカルな作動音を子守唄にして来た子供たちも多い。
私の長男も2歳までは家内の実家に遊びに行くと、義母の背中から織機を見てはいつの間にか夢の中へ行っていたものだ。

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織機の動力を制御するスイッチは 作動・寸動・停止 の3つだけ。
糸を通したり、折り目の調整をしたりするのは、すべて織り手の手先。
長年の経験と勘で製品を織り出して行く。


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オイルが沁み込んだ横糸の繰り出し装置に義母に対する尊敬の念を抱く。
模様に応じて様々な色の横糸を繰り出して行く。
軽快な動きはずっと見ていても飽きない物で、世界一を誇った日本の織機のレベルの高さを感じた。


人件費の安い海外からの輸入品が増加するに従い、富士吉田の織物は衰退していったが
今でも「ジャガード織り」や「ふじやま織り」に代表される品質の高い織物は生産されている。
特に、精密な柄を織り出すネクタイ地や高級布団地、金糸を使った雛人形用の生地などは他の追随を許さない。

最盛期の面影は忘却の彼方へ消え去ろうとしているが
長年培った技術力は後の世へ確実に継承されつづけるであろう。
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by a6m2_jpn | 2010-01-25 23:57 | 暮らし
昭和を楽しむ・富士吉田 西裏と東裏 <その2>
昨日の続き、富士吉田市の旧歓楽街<西裏>の画像をご覧頂きたい。
富士吉田市本町通りの西側、月江寺(げっこうじ)商店街から下って行く道に沿って通称西裏(にしうら)と呼ばれる歓楽街がある。
その坂を下りきると2件の診療所があり、その左側がこの建物『角田医院』だ。
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誰が見ても医院とは思えないこの建物。
かつては料亭としてたいそう繁盛したそうだが、歓楽街の衰退とともにその役目を終え医院として長くつかわれた。
現在は閉院されているが、建物の価値が極めて高い事はこうして画像で見るだけでもおわかり頂けると思う。


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歴史的な寺社に見られる物に全く引けをとらない造作の高欄と戸袋の彫刻は一見の価値があると思う。


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見事なまでの幾何学模様を造り出している垂木は、屋根の中心から放射状に広がる物で、落成当時はその造作が話題となった。
名だたる宮大工達によって建てられたこの料亭を、もう一度建てようとすると途方もない金額になる事は容易に想像できる。
最盛期の富士吉田がいかに豊かであったかを物語る貴重な文化財の一つと言えよう。
通りから眺める事しかできないのが残念でならないのだが、いつか機会に恵まれる事があれば内部を拝見したいものだ。



重厚な日本建築に感心しながらふと振り返ると、今まで歩いて下って来た昭和の歓楽街がある
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前にある建物も後ろに広がる街も過去の賑わいが幻だったかのように佇んでいる。


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街の片隅に祀られる道祖神が、移ろいい行く時代を微笑みながら語りかけてくる。


不思議な幻想郷に迷い込んでしまったような気分にさえなる富士吉田市の西裏通りと東裏通り界隈。
ここにご紹介した物の他、まだまだ多くの昭和スポットがある。
今回はここまでとさせて頂くが、時間があればまた出掛けてみようと思っている。
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by a6m2_jpn | 2010-01-24 23:24 | 暮らし
昭和を楽しむ・富士吉田 西裏と東裏 <その1>
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昭和のラジオ
どれほど時間、このラジオから流れる音が暮らしの中にとけ込んだのだろう…。
富士吉田市『街の駅』に飾られている古いビクターのラジオ。裏を覗くと真空管が見える。
お昼を跨いで富士吉田市に多く残る『昭和の面影』を楽しんできた。



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かつて富士吉田のメインストリートだった本町通り商店街、路地を少し東へ入った所にある古い建物。
今は蕎麦屋として営業しているが、今日は夜からの開店との事で残念ながら食べる事は出来なかった。


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本町通りを西へ入る路地。
「ピーナッツ」という映画の舞台にもなった『西裏の飲み屋街』へ通じる。
ユースホステルは今も営業中だが、奥の民謡酒場は看板を残すのみ…。
戦前から昭和30年代~40年代頃まで織物産業が隆盛を極め、この辺りの歓楽街は関東でも有数の規模を誇った。


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日に焼けて見えなくなってきているが『明朗会計の店』という文字と、社交業組合という言葉に強烈な昭和の匂いを感じた。


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鎧壁・丸窓そして木造3階建てという建物。
3階の角部屋はきっと上客が宴を催した部屋なんだろう。
窓からは賑やかな歓楽街を見下ろす事ができたのだと思う。そぞろ歩きの人達や芸者さん、客引きやシキテンを切るチンピラ・・・。 
まさに昭和の風景がここにあった事を想像しながらのセンチメンタルな小旅行のような午後だった。

<つづく>
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by a6m2_jpn | 2010-01-23 23:21 | 暮らし
七草粥
母が風邪をひいた
3日ほどベッドの上で読書と映画鑑賞に耽っている
じっとしている姿をあまり見た事がないので、いい骨休めにもなっているだろう。
日に1食は私が粥を作ってやるのだが、もともと粥の好きな母は喜んでいるようにも見える。
塩味のみのシンプルな粥に始まり、鶏ガラだし、鰹だし、昆布だし、合わせだし・・・。
具財も鶏肉に始まり貝柱、白身魚、ホウレンソウ・・・。
作る方もなんだか楽しんで作っている。

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で、あすの朝は七草粥
今年1年の無病息災を願いながら食すつもりだ。
どうせなら七草の由来を深く知りたくなって検索して見た。
検索結果は102000件!
かいつまんで読んでみたが、現在では本来の由来が特定できなくなっているようだ。

一説によると、七草粥を作る時には囃し歌を歌いながら菜を刻むのだそうだ。
歌詞は「七草なずな 唐土の鳥が、日本の土地に、渡らぬ先に、合わせて、バタクサバタクサ」


古くから続くこの習慣ではあるが
邪気を払い万病を除く占いとして、また冬の時期の野菜不足を補うため、そしてお節料理に疲れた胃を休めるため・・・ 
諸説ある七草粥の由来はみな曖昧なものなのだそうだ。


しかし我が家では、こういった古くから続く日本の習慣を大切にしたいと考えている。
年末から美食が続いた体に七草粥は美味しい。
したがって、私は「無病息災を願いながら胃を休める行事」という事にして子供たちに伝えようと思う。

そして、4kg増を示す体重計を思い起こしては過去の経験を鑑み、決して間食はするまいと心に誓う・・・。


参考文献: Wikipedia AllAbout 他
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by a6m2_jpn | 2010-01-06 15:40 | 暮らし